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February 21, 2007

「恋する神父」

 R_g0000000859_0_02クォン・サンウの「恋する神父」を見ました。以下、ちょっとだけネタバレしてます。

神学生のギュシク(サンウ)は、研修先の教会で神父の姪のボンヒと出会う。大胆で奔放なボンヒに振り回されながらも、徐々に彼女に惹かれていくギュシク。しかし、神父を目指すギュシクは一生独身を貫かねばならない身。彼は自分の気持ちを押し隠したまま、神への愛に生きようとするのだった。

この「恋する神父」、検索してみたら結構みなさん辛口。でも私、この映画で泣いちゃったんです。ええ、泣きツボをぐいぐい押されました。

まず「デオ グラシアス」で泣いた。神学生のギュシクが唱えるこの祈りの言葉は、ラテン語で「感謝しています」「愛しています」の意味。なぜ「デオ グラシアス」と祈るのかボンヒに尋ねられたギュシクは答えます、「好きな人に面と向かって『好き』とは言いにくいよね、他人に聞かれると恥ずかしいそんな気持ちを、神様だけに伝わるこの暗号でささやくんだ」。神様に向けた密やかな愛の言葉は、やがて巡り巡って彼女の気持ちを彼に伝えます。そんな運命の「粋な計らい」にちょっと泣きました。

彼の親友のソンダルの言葉もツボ。神父になる式の直前、「女性を好きになってしまった。罪を犯してしまった」と言うギュシクに「それは罪じゃない。人を愛したお前を、神様はいっそう愛おしく思っておられるはずだ」と告げるソンダル。神父を目指して一緒に頑張って来て、最後の最後で違う道を選んだ、選ばざるを得なかった仲間に言う「お前は間違っていない」「俺はわかっているよ」。そのあたたかくて大きな心に泣きます。泣きませんか?私だけ?

そして、神父になるのを諦めたギュシクがつぶやく「スータン(神父服)を着られたことに感謝します」でまたうるうる。一緒に過ごした仲間達、もう戻れない修行の日々。きらきらしたものを失いつつも、一瞬でもその中にいられたことを「感謝します」と言える気持ちが健気で美しい。泣きました。

…私、泣き過ぎ。うん、わかっているの、今週はついにKenちゃんコンサで気が高ぶっているの。ちょっとつっついたらすぐにピーピー泣きそうなくらい弱ってます。あー、落ち着かんわ。

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